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過日、写真撮影が趣味の女性が開催する作品展を観賞しに行った。さっちゃん、彼女の名前である。そう、男女各二名のカルテットで「クラス会の永久幹事」をしている小学一年生からのつきあいを続ける仲間だ。展覧会場内で「さっちゃん」「しゅんちゃん」と還暦をとうに過ぎたジジばばが呼び合うのだから、他のお客は「 ??? 」も当然だが、60年来の呼び名だから本人同士はいささかも不自然さを感じていない。
15年程前から、3年ごとにクラス会を懐かしの小学校近辺で開催し、遠くは北海道や九州からかつての悪童どもが駆けつける。85歳と高齢になられたが健在の女性先生も参加してくださる。「クラス会が懐かしくなるのは、互いに年とった証拠だな」と言いながら、皺面や禿頭になっても小学生気分に戻れる時間だ。現在の話題になると「あちらが痛い、持病はなんだ」「年金がどうした」「孫は何人」と寂しい話になり勝ちだから、自然と“昔話”になるのはやむをえぬ。 「入学式の記念写真見ると、全員下駄履いていたんだ」「 A の奴、凧揚げして空向いてたら、肥溜めに落っこちてさ」「 S 合戦で骨折した B は今回欠席かい」「缶蹴りで窓ガラス割っちゃってさ」「脱脂粉乳まづかったなぁ」「二部授業のこと覚えているかい」…。何を言ってもゲラゲラと少しのしんみりだ。 袖で鼻汁を拭くためにテカテカに光った木綿の服を着た腕白坊主、泥のグラウンドで走り回るためおかっぱ頭の中が砂でジャリジャリになった女の子達。そんな共通経験を持った者同士の「連帯感」といえばよいのだろうか。 ひるがえって現在は、町中を“ワ〜ィ、ワ〜ィ”と走り回る子供達を見かけることが稀になった。確かに世の中貧しかったし、遊び道具さえなかった昭和20年代だったが、物が有り余った現代と比較して「どちらが幸せかな」「今の子供達は何 10 年たっても、子供時代のつきあいはできるのかな」と余分な心配をしてしまう。 「遠い親戚より近くの他人」とはよく言ったものだ。晩御飯のおかずを隣同士で交換したり、“お返し”がないと洗った食器にマッチを入れてお返しした吾輩たちの育った時代。 誰に何と言われても、そんな時代に育まれた「仲間の友情」は大事にしたい。
3時間ほどのクラス会と、その後の「二次会」が終わると、また中小企業の社長や理髪店主、はたまた好好爺や初老の妙齢婦人の顔に戻り解散する。しかし確実に「3年後を楽しみに、互いに元気でな」と言いながら…。
M@WSも間もなく2年目を迎える。“みんなで遊ぼう”とのネーミングで毎週土曜日にユニバーサルホッケーやグラウンドゴルフを行っているが、「お手伝い役」として、“子供同士の友情を深める”お手伝い役にならねばと、さっちゃんと話しながら今さら思った。 |
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